[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
昭和55年、26歳の時に町内の次郎丸ソフトボ-ルチ-ムを立ち上げ、キャプテンとして過ごしていたら、31歳の時に先輩から審判員にと言われ、昭和60年第3種、62年第2種、平成4年第1種と認定を頂きました。 休日は選手・審判・指導者として活動してきました。 審判人生の最高の思い出は、2000年に中日本選手権大会を一宮市と稲沢市で開催した時で、当時は審判部長として準備期間を1年以上も要し、大会を無事終了した後に部員一同と美味しいお酒を充分飲みました。 その後も協会理事・尾張支部理事として現在に至っています。 今、どの協会も参加チームの減少があります。新しいソフトボ-ルを考えて、これからも頑張って参りたいと思っています。 |
|
尾張支部理事 高澤 幸光 さん ☆ソフトボール履歴 昭和55年 次郎丸ソフトボールチーム加入 |
中学の部活動でソフトボ-ルを始めて以来プレ-ヤ-として楽しんできましたが、今は体力の減退もあり記録一本でソフトボ-ルに携わっています。平成15年に近隣市で記録の認定会があるので受けてみないかと誘われ、軽い気持ちで受験し、記録する楽しさから記録員となり、14年が過ぎました。現在はたくさんの大会に出向き、記録の大切さや奥深さを感じるようになりました。1年半前より尾張支部の記録委員長代行を務め、今年度委員長となりました。とても私はそのような器ではありませんが、皆さんと一緒にソフトボ-ル競技の発展と尾張支部の発展に精一杯努力したいと思います。 ここで、少し私の意外?な一面を紹介します。私は見た目の体格からか元気でがに股で歩く男っぽいおばさんと思われているようです。 しかし何と私の趣味と特技は、着付と茶道なんです、特に着物が大好きなので着付師としても働き、私自身も年に何回か着物を着ています、是非、私の女らしい?一面も見つけて下さいね。又、今年5月に5人目の孫が誕生予定です、記録員と妻、そして5人のおばあちゃんとして毎日忙しく大変な事も多いですが、日々努力し両立させながら記録員を楽しみたいと思っています。 尾張支部記録委員会スローガン 「いつも明るく楽しく元気よく」 皆さん一緒に記録員やりませんか。 |
|
尾張支部記録委員会委員長 伊藤 富栄 さん ☆ソフトボール履歴 平成15年 第3種公式記録員取得 |
ブルーウィングス 監督 堀之内 格 さん |
稲沢市を拠点として活動しております中学生女子クラブチーム『ブルーウイングス』 監督 堀之内 格 さんです。 チームは、平成25年11月に発足したばかりの駆け出しのクラブチームで、伸び代たっぷりの新米チームです。小学生のとき地域のスポーツ少年団などでソフトボールをしていたが、進学先の中学校に部活がなく競技継続が出来ない状況をなんとかしようという思いから発足に至りました。大好きなソフトボールを続けていける環境を中学生たちに提供し、そして高校、大学、社会人と生涯にわたってソフトボール競技に親しんでいってもらいたい、そう思っています。また、競技だけにとどまらず、審判活動や記録員、大会運営さらにはクラブ運営、技術指導などサポート分野においても広く深くつながっていくことをメンバーには期待しています。 現状、稲沢市、清須市、津島市、名古屋市と西尾張地区を中心にソフトボールが大好きな女子中学生が集まって活動しています。活動日は土日祝日。稲沢市内のグランドを確保し練習に励んでいます。また、他チームとの練習試合や高校ソフト部さんと合同練習、大会参加など実力向上のため積極的に外部へも出かけています。 チームのスローガンは『雲外蒼天(努力して克服すれば、快い青空が望める)』。努力し続けられる精神力の育成に取り組み、ソフトボール競技を通じて人としての成長につながるよう活動を続けていきます。メンバーは常に募集中。ソフトボールをもっとやりたい、これから始めたいという中学生女子、大歓迎です。いつでも、問い合わせください。お待ちしています。 ブルーウィングスHP 代表 平松伸夫 |
|
岐阜市出身で名古屋市南区を経て昭和53年に現住所の一宮市木曽川町に転入しました。 ソフトボ-ルとの縁は地域チ-ムから誘いを受けて入部したのが始まりでした。チ-ムは俗に言う”どっこいしょのチ-ム”でしたが、結構楽しく活動をしていました。40歳になったとき、隣町のチ-ムである奥クラブから誘われ入部しましたが、チームメイトからは”ボ-ルを触ると人が変わる”と言われました。チ-ムはそこそこ強く、当時国体に成年2部があり、東海ブロックに3度・全日本に2度出場しましたが、よい結果は得られませんでした。その後、実年チ-ムの奥クラブOBの時、監督の指示で記録資格を取得しましたが、膝の悪化により退部。当時の一宮記録部長であった宮田さんの後を継ぐことになりました。 現役の時は審判の判定に不満等を表したりしましたが、ネット裏の記録員には全く関心がなかったのが実情でした。今は諸先輩の努力に報い恩返しできるように頑張っています。 記録員は審判員に比べ表には出ませんが、高齢者にとっては椅子に座れプレ-を見て記帳し集計する、これはボケ防止に最適だと思います。老若男女の皆さん記録員始めませんか。 |
|
尾張支部記録委員会 副委員長 久保田 英雄 さん ☆ソフトボール履歴 平成 2年 一宮市 奥クラブ入部 |
豊明市在住で勤務先の先輩から誘われ、地区(二村台)の七丁目クラブに加入しソフトボ-ルを始めました。 当時は、地区のリ-グでもチ-ムが多数あり、3月から11月までは地元のリ-グ戦や協会の大会でほぼ毎週のように試合を楽しんでいました。まだ若く、中学校・高校で野球部を経験してきた関係でウインドミルの投手が少なく、「父ちゃんソフト」が主体に少し物足りなさを感じていましが、第3種公認審判員取得後に協会の富田審判長(後に会長・尾張支部副理事長)に誘われて、星城高校ソフトボ-ル場に行き、そこで見た投手{大徳ドレッサ-ズ(女子2部リ-グ)に所属の台湾代表投手)の投球に度肝を抜かれ、本格的に審判を始めるようになり、協会の役員にもなりました。その後、富田審判長が豊明市協会の理事長・会長や尾張支部の役員(東尾張地区担当)に就任してからは事務方のサポ-トをすることになりました。 現在は豊明市協会の会長として、ソフトボ-ル活動を通して、市民や学生(中学・高校)の健康増進・明るい町つくりおよび競技力向上を図る活動に取り組んでいます。また、豊明市長杯として年2回(春・冬)開催します高校女子ソフトボ-ル大会は、選抜大会・インタ-ハイの上位入賞の強豪校も参加し、毎年盛大に開催されています。 今後も、微力ではありますが「東尾張連絡協議会(東尾張地区11市町)」の事務局としても含め、尾張支部の発展に努めてまいりたいと思います。 |
|
豊明市ソフトボール協会 会長 村瀬 悟 さん ☆ソフトボール履歴 昭和56年 七丁目クラブに加入 |
カレンダー
リンク
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
最新記事
最新トラックバック
ブログ内検索
最古記事
P R